Nov 5, 2007

私たちは野球の何を見ているのか

dankogaiは悪い人ではないがときどきおかしなことも書く。

404 Blog Not Found:君たちは野球の何を見ているんだい?

まず、私は「誰かが何かに興味がない」という事実に興味がない(笑)

本論の野球に関して言うと、議論はプロセスAとプロセスBのどちらが良いかというものであって、プロセスか結果かということではない。だからdankogaiの論点はズレている。

阪神の監督なら先発投手が好投していても6回で降ろしてJFKを投入してしまうように、実際には無数のプロセス、パラメータがあって、それらのうち、「勝つ」期待値や「選手の栄誉となる」期待値や「観客の満足度」の期待値の高いであろう、ただ一つのプロセスを監督は選択する。得られた結果が大きい監督は栄誉を受ける。その様子を観客はただ傍観する。あるいは傍観することを越えて自分なりに期待値を最大化するプロセスを考え、それが監督のものと一致するかどうか、首尾よく一致したとして期待値に比べて実際の結果が大きかったか小さかったか、に一喜一憂する。

これは一種の最適化問題だと見ることもできる。監督・スタッフによって、あるいは観客によって最適化すべき評価関数は異なるし、すべてのパラメータがすべての(ゲームの)プレイヤーに公開されているわけでもない、最適化問題。だから、どのプロセスが良いのかについてはプレイヤー間でいつも議論の対象となるし、評価関数が異なるので議論が噛み合わないこともしばしばある。「山井大介を交代させるか否か」のような単純な二択の問題に議論が集中するときには特にその(噛み合わない)議論が過熱しがちでもある。

ほとんどすべての野球ファンは、こういうゲーム(プロセスの設定と結果の予測というメタゲーム)の本質に潜在的に気がついている。実際に遂行されたどのようなプロセスもfeasibleであり、自分の評価関数を最大化させないが局所最適解にはなっているとか、他のプレイヤーの評価関数を最大化し得るとかいうことも理解している。理解していてなお、喧々諤々するのが大好きなのが「野球ファン」なのだ。そういう議論の報酬が何なのかと言えば、議論という体裁を持ったコミュニケーションそのものだったり、他プレイヤーの評価関数を推定することだったり、自分の評価関数の精度を向上させることだったり、人によってさまざまだ(熟練に従ってより濃密なコミュニケーションを持てるようになったり、野村克也ならどうするか予想できるようになったり、キャッチャーの配球まで予測できるようになったりするのは、熱心な野球ファンなら経験すること)。

やくみつるや玉木正之が軽蔑されているのは、そういうゲームの本質が理解できていないような言説、自分の設定したプロセスを絶対視するような言説を残しているためである。そのために野球ファンの目には彼らが稚拙な論者(プレイヤー)に映るからである。

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