Dec 18, 2006

マグロのある寿司以前に

大間の漁師のドキュメンタリーは面白いけどさ、いつから日本人はこんなにも(外国人に指摘されるほど)マグロへの信仰が篤くなってしまったのだろうか。

マグロのない寿司は考えられませんか【コラム】 ビジネス-最新ニュース:IT-PLUS

近海ものの獲れ獲れの魚料理を食べさせる店で、(付け合わせに)あまりにも味気ないマグロを出されたときほど落胆するものはないが、一度でもそういう経験をしたことがあるのならば、とうにマグロという偶像は崩壊している、しつくしていることに気が付くだろう。美味しく食べられるマグロはすでに十分高額なものになり、寿司屋でマグロを注文するという行為自体が躊躇われる(つまりはまともなマグロは高価に過ぎ、手頃な値段のマグロの味は保証できない)という状況にある。

翻って考えるに、そもそも日本人が「寿司」を日常的に食べるようになったこと自体が伝統的な大衆食文化の破壊である。生魚を食べるというのは伝統的に一部の階級・地域の人々の特権でしかなく、多くの人は野菜や穀類を中心に干した魚を食べてきた(干すことで旨みが増し、かつ保存に耐えるという単純かつ合理的な手法の恩恵を受けて)。実のところ西洋や中国でも大差はなく、ギリシャ悲劇にすらソーセージの原型らしきものが窺えるとは言え、大多数を占める庶民の食文化としての獣肉の常食はそれほど古くない時代に始まったことだ。無論、食を狩猟・採集に拠っていた時代の話をしているのではない。

食文化の破壊ははるか昔から緩やかに続いていて、とりわけ19世紀以降はそれが顕著になったであろうことは…あらゆる周辺状況に照らして…想像に難くない。70年代生まれの私にとってはすでに朝食の味噌汁・白米がトーストに取って代わられつつある段階にあったが、少し注意深い人ならその味噌汁ですら本来は味噌によって味付けされた一種の鍋物だったものが大幅に簡略化・形式化された一形態に過ぎないのだと容易に推定できるだろう。また一方で、まともな鰹節で出汁を摂ったおいしい味噌汁と出すと評判の料理屋だったとしても、魚を醤油と砂糖で甘辛く煮て酒膳に供するという、食の伝統を気ままに取捨選択する「折衷主義」が観測できないことの方がむしろ珍しい。

つまりは我々は好むと好まざるとに関わらず食文化の持続的な破壊の過程と折衷主義のただなかに自分の身を置いている。寿司にマグロを含めることに固執することもマグロを失うことを忌避することも意味のないことではないが、それ以外にここ数十年で失ったものの方がはるかに大きいのだということにも思いを馳せてよいのではないか。

例えば、鰹節は日本独特の水産加工品で今でも存在しているが、家庭で鰹節を削るという習慣はほとんど失われた。だから今や鰹節削り器を持っている家庭の方が少ないし、スーパーに行っても鰹節を丸ごと売っているのを探すのが難しいくらいだし、もし見つけたにせよどの産地のどんな鰹節がうまいのか見分けが付かない体たらくだ。それどころか、鰹節に背節・本節・亀節の三種があるとかいった基本的な知識も失われた。

また、いったいこのブログの読者でちりめんじゃこや小女子を常食している人はどれくらいいるだろうか。スーパーに行っても少量パックしか手に入らないのでは常食は無理というものか。しかしこれらは魚を容易に丸ごと食べられ、しかも佃煮のように過度の加熱を経ていない食品という点であらゆる魚食に勝ると言える。ほうれん草のおひたしに山盛りかけて食べればビタミン・鉄・マグネシウムに加え、カルシウムと蛋白質も効率良く摂取できるというほとんど完全食になるのだが、「あるある」で教えてくれない限りそれを励行する人はあまりいない。なぜそうなのかと言えば、これらを常食とする習慣が失われたからだ。

他にもいくらでも例は挙げられるだろうが、マグロに固執する前にやるべきこと、少なくとも日本の伝統食としてマグロの寿司を標榜するのならそれ以前に知識としてだけでも知っているべきこと、があるように思う。


って書いてきたけど私は全然LOHASな人ではない。破壊の過程と折衷主義のただなかで、伝統食の復権に向けてささやかな抵抗を示してもよいし、流行に身をやつして牛丼屋・回転寿司屋に通ったり肉じゃがのような伝統的でも何でもない料理を家庭の味と勘違いしてありがたがったりするのもよい。それは自由だと思っている。私はどちらかと言えば前者にシンパシーを覚えつつも、カップ焼きそばやハンバーガーを口にしないわけではない、一現代人である。

でも何だか最近痛切に意識するのだ、文明の傷跡のようなものを。結局は「老い」を認識し始めただけのことかもしれないのだが、予め失われるということと、失われたことに気がつかないということに恐怖を感じる。今まで目を背けてきた途方もない暗闇にうっかり目を向けてしまったような…。

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