Jul 2, 2005

言及したら負けかなと思ってるトラックバックの話

言及したら負けかなと思ってる

のだが(参考)、トラックバックが言及リンクを含まなければならないという気分が醸造(情造)されてきているようだ。それはそれで面白いのだが、嘆かわしいことでもある。

↓の記事を書いた意図の一つは(というか書きかけだが)、トラックバックという機構とその役割を分離して考えられない人々への戒めでもあった。

繰り返すことになるが、トラックバックはショートメッセージを送受信して保存する機能であり、一義的な効果はNotificationであって、Back Linkの生成ではない。それをどのように利用するかは自明に受信側アプリケーション、受信者の裁量である。つまりは、自動的に自分のブログに表示しても、表示しなくても、寛容に受けれても、激怒しても、それは自由である。

ただ、激怒している人に問いたいのは、あなたは新聞の勧誘員や間違い電話やスパムメールに対しても全身全霊をもって怒りをぶつけるような、そんな「美味しんぼ」の登場人物のように熱い、そして暑苦しい人なのですか、ということなのである。私なら黙ってスルーするけど。激怒に加えて面罵した結果、ブログを止めてしまった人もちらほら見かけるわけで、むしろエゴを貫き通した結果周りに迷惑をかけているのではないかと自省しても損はないくらい。私の言葉とも思えないが、所詮実社会と同様他人に優しく自分に厳しくないと円滑な意思疎通は望めないし、みんなもっと眞鍋かをりから学ぶことがあるように思う。


さてここからが本文なのだが、言及リンク派の人々に聞きたいのは「言及リンク」が何で、それを求めることに意味があるかということだ。

ショートメッセージの中身に「言及リンク」を含むことはできないわけだから、ショートメッセージのurlフィールドが指し示すオブジェクトに含まれるa href要素を指していることくらいは容易に想像が付く。しかし、そもそもオブジェクトがHTML文書でない場合にはa href要素は定義されない場合の方が多い。また、仮にオブジェクトがHTML文書だったとしても、(URLとそのトラックバックインタフェースの関係がルーズなのと同程度には)urlフィールドの内容とそこに含まれるリンクの関係はinconsistentで、いつでも好きな時に好きな方法で関連付けを解消・削除できる。また、Basic認証などが施してあって受信側アプリはアクセスできないが人(ブラウザ)はアクセスできるとか、人によって異なる結果を与えるとか、時間の経過とともに異なる結果を与えるとか、非対称性は簡単に作り出せる。極端な言い方をすれば、ショートメッセージとしての用を成しさえすれば、urlフィールドはトラックバック受信側の実装次第では省略できるし、望ましくはないが意味のないものであってもよい。

つまりは、TrackBack Technical Specification自体に定義されていない言及リンクの普遍性は人々が信じるほど確実でない。ちょうど同仕様で定義されているurlからトラックバックインタフェースを自動的に検出する方法が確実であるのとは対照的に。

また、トラックバックの結果生じるリンクと言及リンクによって「相互に等価に」読者の誘導が行われるべきという観点で論じている例も見かけるが、この種の定性的な議論はあまり意味をなさない。なぜなら、Webのリーチのほとんどが検索エンジンやRSSリーダーなどの何らかのアグリゲータに依存していることに加え、トラックバックリンクに比べて直接言及されているリンクがクリックされる確率の方が十分高いと想像されるからである。個人的にはトラックバックをトラックするよりはコメント欄を読む方を好むし、コメント欄にURLがあればトラックバックよりは優先的にトラックする。無論コンテキストが明確だからである。

このように効果が現実には十分に小さいと予測される、あるいは計量可能でない以上、トラックバックはより直截的に著者本人へのメッセージングと同等な意味しか持たないか、それに漸近すると考えるべきである(もちろん過度な一般化は避けるべきだが)。

それでもPagerankが平等に配分されない(?)ことに疑問を呈する向きがあるかもしれないが、その点では言及派の旗色は一層悪いと言わざるを得ない。Nofollow属性によってトラックバックリンクはPagerankの算出に使われないようになる(なった?)以上、言及リンクを求めることは一方的に自分のPagerankを上げることだけを他者に求めていることに等しい、浅ましくも。まあそれを言うなら「トラックバック返し」とかいうのは本当に貧乏くさい発想である。また、「情報ハブ」のPagerankが上がらないからという主張も論理的におかしい、と真のモヒカン族としては指摘しておきたい。なぜなら、情報ハブのPagerankを上げる仕組みをトラックバックで担保しなければならない道理はないからである。

それでも言及リンクを求めることに何か意味があるのだろうか?

…意味がないと言いたい。断言したい。だいたい言及の有無とURLの指し示す情報の持つ価値の大小とは相関しないではないか。

私個人はどのようなトラックバックもウェルカムだし、広報目的も含めてありとあらゆる活用の可能性を否定しないつもりである。そもそもTrackBack Technical Specificationに明示的に言及リンクを含むことが記述されていない以上、それは含まなくてもよいこと、含む必要がないことを意味する。また、仕様書がどうあれ一旦道具が発明されればそれが目的外に使用されることは常にある。言及リンク派がなぜそのことを容認できないのかまったく理解できない。少なくとも私にとって、このトラックバックというゲームの本質は自分側の知りうる情報の量を最大化することにあり、「言及されたこと」を「知る」というのはそのほんの一部に過ぎないか、あるいはまったく情報として価値がない(そんなものはTechnoratiに行けば二束三文で売っている)。

ついでに、言及リンク派は「ディープリンク反対」反対派(ディープリンク擁護派?)を兼ねていることが多いようなのだが、そのことにも私は納得が行っていない。つまり、「ディープリンク反対」というごく情緒的なローカルルールは否定するのに、「言及リンクなしのトラックバック反対」というごく情緒的なローカルルールは肯定するという首尾一貫性のなさに。いやしくもモヒカンの一員を名乗るのならば、主張の一貫性を保つべきことは当然として、技術で克服できないものはないもないと放言して憚らないだけの気概が必要だろう。

最後に誤解を招かないように補足すると、規格準拠性という点ではQuasi-Spam Filter Pluginのようなツールも、言及リンクを必須とする方式もともに規格外である。ただ、前者は規格に準拠して受信したトラックバックをheuristicsに基づいて削除することを手助けするだけである。当然それがユーザーと合意されているからこそ、またその場合にのみ、意味を持つ。同様のことが後者にも言えるのだが、heuristicsとしての根拠と妥当性に疑問があり、本来の目的を損ねる危険性がごく高い。

2005-07-06: 不明確な表現が気になったので若干編集しました。
2006-01-06: ちょい加筆。

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