Jan 4, 2005

キムブログの全文引用に関して

完全に出遅れてますが、これも年末に書いたエントリーです。

木村剛の書くことが私にとって1 picoたりとも意味があった試しはないので、その内容に関して突っ込むことはしない。私が興味を持っているのは、以下のエントリーに寄せられたさまざまなトラックバックである。

週刊!木村剛 powered by ココログ: 「引用」は「リンク」に対する冒涜なのか?

個人的な意見を述べておくと、まず大方の予想通りではあろうが、標準的な引用規則(引用元を明示すべしとか、引用を必要最小限に留めるべしとか、引用に対して本文が主となるべしとか)を定めてそれを共通に運用することが望ましいという考え方に基本的には賛意を示したい。多く議論されている通り、これらの規則はすでに社会的に「スタンダード」としてのコンセンサスを得ており、運用されてもいる。

が、同時にそうした「Good Citizenshipを構成する」スタンダードはGoodなCitizenの間で共通に運用・通用するものであったとしても、そうしたCitizenshipを積極的にか無作為にか結びたがらないBad Citizenも容易に存在し得る、と考えるのが自然であろう。もう少し踏み込んで言うならば、(否定されるべき存在ではあるかもしれないが)そうしたBad Citizenの存在は、Good Citizenの存在と同程度に「当然」である。専ら全文引用したい人と全文引用されたい人「だけ」からなる奇妙な空間が構成できないわけでもないし(c.f. 専ら匿名投稿したい人「だけ」からなる奇妙な空間=2ちゃんねる)、そうした人々が「引用」に関して一般には通用しない論理を展開するのも自由である。彼らの払うべき犠牲は「信頼し得る情報源ではない」という烙印であるが、実世界では「信頼し得ない」出版物が日々出回っており、かつ(単に活字になっているというただそれだけの理由で)それを真に受ける人々も相当数いるという事実に目を背けることはできない。

むしろ、Winnyのように原著作者の権利の行使を困難ならしめる方法、あるいは不可能ならしめる方法を採っていないかどうかが問題である。木村某はそのような方法は採っておらず、無作為な全文引用を避ける方法(トラックバックしない、不本意に全文引用されたらクレームする)が原著作者には担保されているように見える。もっともその運用の信頼性はまた別の問題としてあるだろうし、トラックバックされた記事以外から全文引用したり、PDFファイルという形態の作品を無断で改変して掲載している例がないわけではない。

さて、こういう話の流れではGood Citizenの溜飲は一向に下がらないわけだが、原則論を繰り返すというのは決して美徳ではないのでここは是非とも抜本的な解決を提案したい。私が提案するのは、木村剛のブログを全文引用する「だけ」のブログをボランティアで運営するという甚だ「ネットワーク社会」らしい解決方法である。つまり、こういうことである。

  1. 「原典を明示した上で『引用』されることは、『情報発信者としての名誉』」らしいので、木村ブログを粛々と引用するだけのブログがあってもよい。ゆめゆめ「情報発信者に対する権利侵害」とゴネられることもあるまい。逆に「感謝されるのではないかと推察」されるくらいである。
  2. 引用ブログに対してトラックバックする分には原ブログの「引用規則」が適用される心配はなく、したがって無作為に全文引用される危惧もない。

問題はその手間だ。

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