May 14, 2001

Mouse Hunt

Title:Mouse Hunt
Director:Gore Verbinski
Year:1998
Place:レンタルビデオ
Eval:★★

コンテに無駄がない。この事実だけでも評価に値する。が、私には皆目見当が付かないのは、いったいこの映画のシナリオはどうやって着想したものなのかということなのだ。まったく素晴らしい。プロダクションシステムや時間配分を考えれば、ネズミを使ったドタバタ喜劇にすることは最初から決まっていただろう。すると、ネズミ→古い家→古き良きもの→…→撚糸工場、という順に着想を進めたのだろうか。撚糸の象徴するものは古き良きものであると同時に兄弟の絆でもあるが、撚糸工場で毛玉チーズを作るというアイディアはどうやったら思い付くのか。ワンアイディアで作られている映画が少なくないことを考えれば、その量と質が全然違う。

上で「古き良きもの」と書いたが、この映画を通じて繰り返し述べられているのは、古き良きものを大事にせよ、そうしないと罰が当たるという教訓だ。この物語に登場する父親も工場も、そして古屋も「古き良きもの」である。それを大事にせずに付け焼き刃的に利用しようとしてもことごとくうまく行かない、うまく行かないどころかこっ酷い目に会わされてしまう、たった一匹の、古屋であたかも神のように振舞う、ネズミのために。やがて全てを失った兄弟は最後にはネズミに教えられて安定した生活を取り戻すのである。

さて、これだけでは見方が一面的である。この物語は別の意味もある。冒頭で兄弟の担ぐ(父親の入った)棺が階段を滑べり落ち、霊柩車に衝突したかと思うと遺体が空中に舞い上がり、開いていたマンホールに落ちて暗闇に流れて行ってしまう。兄弟は慌ててマンホールをのぞき込む。遺体が象徴するものは存在である。このシーケンスは存在、父の存在、言い替えれば自我の一部が損なわれる言いようのない不安を意味しているのであり、兄弟はこの喪失感を充足させるために奔走するのである。手近なものに奔走した結果は惨澹たるものだったが、ネズミに教えられた方法で自我の喪失を回復することに成功する。結局、物語が言っているのは、自我を喪失した時には慌てふためいて右往左往するよりは、自己を見直すという別の方法をとった方が良い結果が得られるということだ。

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